私が日本全国各地からお寺の漆塗りの仕事を頂ける理由のひとつが、下地に本堅地を用いているからです。
もともと私が所属していた仏壇仏具の産地としての大阪では、本堅地はお寺や仏具の漆塗りの下地には用いられず、専ら膠を使った半田地(砥の粉地・胡粉地)が多用されていました。
現在でも、大阪では伝統的工法として膠が用いられることが多いですが、本堅地を用いてお寺の現場仕事をしているのは大阪では恐らく私ただ一人でしょう。
私は大阪の塗師ではありますが、京都や輪島などの一流とされる漆工の産地と同様の手法を用いております。
私の漆塗りの師匠は父ですが、その父はかつて本堅地を多用する京都の塗師に師事しており、本堅地のノウハウも会得しておりました。
私は以前父の元でお寺の漆塗りだけでなく仏壇仏具の製造をしておりました。
大阪では異例でありますが高級な製品やお寺を中心に独自に本堅地を用いた仕事もしておりました。
さらに、京都の塗師さん達と共にお寺で現場仕事をすることもあり、私自身も幾多の経験から本堅地の確かなノウハウを身につけることが出来ました。
このような幸運が、後に私が仕事をして行く上での大きな助けとなりました。
私が独立起業し、仕事の舞台を大阪府内から日本全国に移そうとした時、お客様である仏具屋さんや問屋さんから、「大阪の塗師屋は膠使うんでしょ?ダメダメ。本堅地が出来ないと話にならないよ。」とよく言われました。 しかし、お客様に私が本堅地を使うことが出来ると伝え、また実際にそれを使って仕事をすることで活躍の場を日本全国に広げることが出来ました。
まさに、「自分の持っていた技術に救われた。」と言えます。もし私に本堅地のノウハウが無ければ、今もこの仕事を続けることは出来なかったでしょう。